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<<   作成日時 : 2011/09/22 08:05   >>

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連合国軍最高司令官総司令部
      (General Headquarters)
 太平洋戦争(大東亜戦争)の終結に際してポツダム宣言の執行のために日本において占領政策を実施した連合国軍の機関のことで極東委員会の下に位置、日本を軍事占領すべく派遣された最大43万人を統括した。
 なお、連合国軍であるが、その多くの職員はアメリカ合衆国軍人とアメリカの民間人が占めており、少数のイギリス軍人で構成されていた。
 当初、アメリカ軍による日本国統治(直接統治)を目論んだが失敗、連合国軍最高司令官総司令部の指令を日本政府が実施する間接統治の形式が採られた。
 
 まず、軍隊を解体し、思想、信仰、集会及び言論の自由を制限していたあらゆる法令の廃止、山崎巌内務大臣の罷免、特別高等警察の廃止、政治犯の即時釈放など、いわゆる
   自由の指令
を出した。
 さらに、政治の民主化、政教分離などを徹底するため大日本帝国憲法の改正を指示し、財閥解体、農地解放などを指示した。

 なお、総司令部の最大の目標は、アメリカにとって脅威となる
   日本の軍事力を解体
することであり、軍国主義を廃して
   アメリカにとって都合のいい国家
に作りかえることにあった。
 
 マッカーサーはこれを
   上からの革命
と称し、日本を工業国から農業小国に転換し、アメリカの市場とするつもりだったが、朝鮮動乱をきっかけに方向を転換している。
 また、1948年(昭和23年)春、日本の教育状況と日本語に対する無知と偏見からジョン・ペルゼルという将校の発案で、日本語をローマ字表記にしようとする計画が起こされた。
 しかし、調査の結果、米国人の識字率の低さと比べ識字率が100パーセントに近いことが判り指示を撤回をしている。
 
 また、1945年(昭和20年)9月に発した「プレスコード」などによって、米国にとって不都合な記事は一切新聞に掲載できない言論統制が実行された。
  
 1951年(昭和26年)4月11日、マッカーサーがトルーマン・アメリカ大統領に解任された後、同じく米軍のマシュー・リッジウェイ中将(就任直後に大将に昇進)が最高司令官に就いた。翌1952年(昭和27年)4月28日、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)の発効とともに、連合国軍最高司令官総司令部は活動を停止した。
 
 

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